人物を知る #
呂布は初め并州で勤め、丁原から主簿に任じられました。董卓に誘われて丁原を殺すと騎都尉に任じられ、二人は父子となることを誓いました。のちに王允らと董卓誅殺を謀りました。任官、盟誓、殺害は異なる層であり、すべての段階が同時に存在したとは扱えません。
長安陥落後、呂布は袁術を頼ろうとして拒まれ、袁紹のもとへ移り、共に張燕を攻めました。のちに袁紹が警戒したため離れ、張楊と合流しました。拒まれた投奔を、成立した従属関係には数えません。
張邈・陳宮らは呂布を兗州牧に迎え、曹操と対峙しました。敗れた後は東の劉備を頼り、のちに下邳を襲いました。劉備も一時呂布に帰属し、小沛に駐屯しました。二人の関わりには前後と反復があり、永遠の友人や一方向の従属には単純化できません。
建安三年、曹操が下邳を包囲しました。配下の将が離反し、呂布は縛られて処刑され、陳宮・高順も殺されました。史実は生涯の記述に残し、死に方を人物関係のラベルにはしません。
おおよその前後関係であり、等間隔の年表ではありません。
史料の限界 #
時期が異なっても同じ人物です。父子の誓いは血縁ではなく、貂蝉、三英戦呂布、成立していない姻戚は加えません。
人物相関 #
- 董卓呂布 → 董卓:かつての配下の将『三国志』巻七・呂布臧洪伝 ↗
関連する事績と時期
董卓は呂布を騎都尉に任じ、のちに中郎将へ昇進させ、しばしば護衛を務めさせました。二人は父子になることを誓ったとも記されますが、血縁ではありません。のちの決裂と董卓誅殺は、生涯の別項目に記します。
- 袁紹呂布 → 袁紹:かつて身を寄せた者『三国志』巻七・呂布臧洪伝 ↗
関連する事績と時期
呂布は北へ袁紹を頼り、共に張燕を攻めましたが、袁紹に警戒されて離れました。すでに終わった依附の時期であり、生涯の盟友ではありません。
- 張遼張遼 → 呂布:かつての配下の将『三国志』巻十七・張楽于張徐伝 ↗
関連する事績と時期
張遼伝の本文は、董卓の敗亡後、張遼が兵と共に呂布に属し、徐州へ東奔するのに従ったと明記します。曹操に帰属したのは下邳陥落後です。
- 陳宮陳宮 → 呂布:配下の将『三国志』巻七・呂布臧洪伝 ↗
関連する事績と時期
呂布を迎えた後、陳宮は兗州・徐州でその活動に従い、下邳の籠城時も呂布側にいました。曹操に仕えたのはそれ以前の段階です。
- 張邈張邈 — 呂布:盟友(兗州)『三国志』巻七・呂布臧洪伝 ↗
関連する事績と時期
張邈と呂布は手を取り合って誓い、のちに張邈・陳宮らが呂布を兗州牧に迎えました。この線は兗州での協力の時期に限ります。
関連する史実(人物関係ではありません) #
本書での登場 #
人物の具体的な登場回は、『史記三国』本文の最終稿のQA後に照合するため、現時点では先に記入しません。
このページを引用
史記三国ウェブサイト「呂布」、資料版 2026-09-29.13、更新日 2026-09-29。
https://shijisanguo.com/ai/people/lu-bu/
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